我慢なので。懐古中年、Goes on!

無職を続ける、好き嫌いの激しい中年が、80’sアニメ、音楽、映画等、趣味を懐古しながら、日々の生活を節約し、我慢を続けて行くブログ。

「死んだ後でも、いつか見つかる、生き続けたら、君は悲しい。」です。

 みなさん、こんにちわ。水の心です。

中年ともなると、無職なのに、いろいろ用事ばかり増えます。

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スペース・ラナウェイです

 さて今日は、サンライズ作品、ガンダムの後枠として、放映された、「イデオン」です。39話で打ち切りに合いながら、劇場公開まで果たし、結果再評価された、80年代アニメの問題作だと思います。

 前作ガンダムの収入が、莫大だったのでしょうか?

打ち切り作品を、映画に再構築。物凄いお金が、動いている気がします。

 

 私のTVシリーズの印象は、なぜかタツノコプロっぽい雰囲気。地球軍弱い、バッフクラン軍、強い。変なメカ。

画面、ストーリーも、正直そんなには、グッと、ひきつける物が無かった様に思いました。

 今思うと、「スペースラナウェイ」という事は、行く先々で、魅力のある人、出来事が無いと、物語がつまらないわけで、作る方は大変だと思います。

 

 ちょうど、放映時間が、我が家の夕食時だったため、なかなかチャンネルが、イデオンにはならず、やっと見れた、と思ったら、茶の間が嫌ーな感じになった、14話の、優しいおばさん、軍人カミューラ・ランバンの死。

茶の間で、そういうのは勘弁して下さい。

また、最終回の日、どうしても見たかったので、見せてもらった、ラスト最終回。

赤子が宇宙空間を、飛翔して終了。余韻もありません。

「なんですか?これはーッ」

ホントに勘弁して下さい。

 

確か、雑誌「OUT」や、「アニメージュ」等では、ガンダムの後枠として、結構、事前特集を組んだりしていた、と思うのです。

どうも、冨野監督のやりたかった事が、色々、追いついていなかったのだろう、と思います。

 

まさか、その時点で打ち切りとは、知りませんでしたが、違う意味で、茶の間に衝撃を与えた、1980年イデオン。それから、1982年、やってくれました。

映画版は、前後編を合わせて3時間。松竹系の映画館で公開です。同年、大林監督の「転校生」も、同系で公開。(行ってパンフ買っとけば、よかったけれど後の祭り。)

 

ガンダムシリーズサンライズ作品が、松竹公開の様です。

同級生4人と行き、初見で衝撃を受けた後、よせばいいのに、同じ日に、接触編、発動編2回を続けて観てしまいました。

 

それから、その夏休み中、地獄を味わう事になります。

長時間の視聴に、疲労困憊した私は、帯状疱疹という、激痛を伴う水疱瘡に罹患しました。

この病気は、ほぼ一か月苦しみます。

寝ても痛い、起きても痛い、神経痛です。

見た目も、グロで、非常に嫌な病気でした。

映画は、病気になる位の、インパクトは持っていたのは確かです。

 

 接触編は、TVシリーズの総集編で、再編集され、これまでの、あらすじを語ります。

発動編、これが、井荻麟富野由悠季氏のやりたかった事だと理解しました。

 

 作画の湖川友謙氏のアオリの作画は、冴えています。独特で迫力があります。

調べると、最初に感じた「タツノコ臭」は、湖川氏がガッチャマンから、タツノコに参加していた事から来ているようです。今知った驚きです。

私の、好きな作品の一つでもある、1978年「さらば宇宙戦艦ヤマト」にも参加し、そういえば、第一艦橋での、古代クルーのアオリ表情が、それです。

 

 湖川氏の作画方法は、非常に勉強になりました。

直立したときに、なぜかスネが湾曲し、足首は太い。そうすると画の、バランスは、とり易くなりました。

特に顔の描き方、立体的に描く方法。

確かに漫画家でも、間違ったデッサンで描いてる人が多いと思います。

それから、ひと夏、裏紙に、描いては消し、描いては消し、人間の描き方を練習しました。 

 

 現在、色んな所で観られたりするので、若い人たちも、虐殺カルト映画として、知っていると思います。

自分でも、少し前、観る機会があったのですが、やはり、バイラルジン、ガンドロワ等の巨大建造物が印象的です。

後半、イデの示す、最後の目標、赤いドットが、ドバ総指令に重なり、どんどん物語が収束されていき、どんどん人が死んでゆく。

 

殺し過ぎです。

 

しかし、緊迫感は最高潮まで高まります。あんなに、追い詰められ、切迫し、苦悩し、ぶつかり合うアニメは観た事がありません。

 

バッフクランの戦争は、失敗です。

政治が成り立っていない。独裁者のやり方です。

番組的に、戦闘は続かないといけないのですが、地球に降伏勧告、遺跡の委譲を求めるとして、正規軍が、遺跡に乗り逃げする避難民に対して、とる態度ではない。

 

富野監督は、バッフを、日本の武士を参考にして設定した、とどこかで読んだことがあります。

なので、カララの行動は、家の恥、ハルルの苦悩は、家柄の為、と潔癖になるのも理解できます。

どうも、バッフ、地球、避難民、三つどもえの意地の張り合い、ハミダシ者に対する冷酷さ、ハミダシ者のヤケのヤンパチを、描きたかったのだ、と思います。

 

けど、アニメ、子供番組とは言え、宇宙規模国家の対応では無い気がするのです。結局、アンハッピーエンドにしよう、として持って行っている気がします。

 

ストーリーは、破綻せず、輪廻と復活という、宗教色の強い、結末。

ラストシーンは、荒い粒子の風景実写になり、輪廻の確信を持たせて終了。

アニメから実写になり、アニメの世界観は崩壊、そこから登場人物達の未来を推測は出来ても、確証を得るのは、ちょっと難かしい。

因果地平に飛んでった挙句、海の微生物からやり直しという。

みんな、喜んでメシアと共に、飛んで行ったけど、また殺戮が繰り返さない保証はないし、始まる生存競争に、救済は無い。

 

そういう「おとぎ話なのだ」と、完全に幕を閉じた。

もう、次は作れない。

という意味では、映画版で全ては完成されたのでしょう。

 

 それから当時、「My home・ギジェ」を描かれていた漫画家さんは、まだ漫画家としても健在で、ブログ等活動されている様で、非常に懐かしい思いで、調べさせてもらいました。

 最近知った事は、監督本人筆の、小説版が出ていた事。そこには、イデオンの本来の形のイラストが載っており、アニメ版とは全然違う、生体メカでした。

読んでみたくなり、探したり、調べたりしましたが、安価で、近くにはなさそうです。かなり欲しいと思いながら、我慢を続ける日々です。

 

では、「コスモ!熱くなりすぎるぞ!」次の更新まで!