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我慢なので。懐古中年、Goes on!

無職を続ける、好き嫌いの激しい中年が、80’sアニメ、音楽、映画等、趣味を懐古しながら、日々の生活を節約し、我慢を続けて行くブログ。

映画「切腹」です。

 みなさん、こんにちわ。水の心です。

今日は映画「切腹」です。

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  1962年の白黒映画で、監督は「小林正樹」氏

 津雲半四郎「仲代達也」氏

 千々岩求女「石浜朗」氏

 美保「岩下志麻」氏

 沢潟彦九郎「丹波哲郎」氏

 矢崎隼人 「中谷一郎」氏

 川辺右馬介「青木義朗」氏

 斎藤勘解由「三国連太郎」氏らが、出演しています。

 

  学生の頃、友人が「竹光で切腹する映画があるんだ、見た方が良いよ!」と

絶賛していたのですが、観てる途中で、この映画の事を言っていたのだ、

と気が付きました。

結局観るのに、20年以上かかりました。そして絶賛するのもわかりました。

 

 話の筋は、

仕える主のいない浪人武士が町にあふれる、寛永7年江戸時代。

病の妻子、義理の父を抱えた貧乏な若い浪人「石浜朗」氏が、

彦根藩の井伊家に行き、

「仕事も無く、このまま恥をかくより、潔く切腹したいので庭先を貸して欲しい」と井伊家に召し抱えてもらう事を期待し、訴え出ます。

 

 劇中、この訴えは、貧しい浪人の間で流行っているという設定で、

「雇ってくれなければ切腹させてくれ」という、押し売りみたいなもので、

雇ってもらえると、それこそラッキーなのですが、

藩士の方も、そう簡単に浪人を雇えません。

 

 また本当に切腹されると困るので「意気は認める」として、

少しの金を渡して、お引き取り願うのが、通例になっていました。

 

 しかし、それがお金目的で多発する様になっていき、

それが毎回続くと、井伊家としても示しがつかないので、

無心する浪人たちへの警告として、

たまたま今回、本当に切腹させてしまいます。

 

 しかし、若い浪人の病気の妻子、義理の父に最後の挨拶をしたいとの、

訴えも無下にし、あまりに残酷で傲慢なやり方で自害をさせてしまいます。

 

 切腹後、遺骸は家に運ばれて、それを見る家族は打ちひしがれてしまいます。

まもなく妻と子は亡くなってしまい、残った義理の父、

仲代達也氏が、井伊家に復讐する為に、

また娘婿と同じ様に「切腹をさせてくれ」と

井伊家に行くという話です。

 

  そこで面白くなってくるのが、

仲代氏が、関ケ原の合戦に出陣した事のある、

肝の据わった実力のある武士だった事です。

 

 そして、まず感じるのが、この映画に流れる殺気と、重苦しい空気。

仲代氏の、奥には隠しているがチラリチラリと見えて来る、

井伊家家老の三国連太郎氏に対する殺気。

 

 そして、三国連太郎氏の後ろに見える、幕府に対する怒り。

貧しい浪人たちが苦しまざるを得ない組織のやり方に対しての、

憤りが見えてきます。

 

 組織の目線で話をする三国氏に、

メンツを守るために、虫けらの様に武士を扱う、その武士の面目とは何ぞや?

と、問い詰め

 「所詮、武士の面目などと申すものは、単にその上辺だけを飾るだけのもの」

と喝破、それを取り合わない三国氏の前に、

言い逃れの出来ない、切り札を突き付けます。

 

 そこに至るまでの「組織」対「個人」である、

「家老」三国氏と「浪人」仲代氏の問答が、非常に緊迫していて面白いのです。

 

 結局、手練れの仲代氏が大暴れし、井伊家側4名が死亡、重体重症が8名という、

惨めな結果になり、最後、仲代氏は立ったまま腹をかっ捌き、

火縄銃で打ち取られ絶命します。

 

 復讐の乱闘があった事後の座敷や、庭を写し、エンディングになりますが、

そういえば「タクシードライバー」でも、主人公「トラビス」が突入した後、

血まみれの部屋、階段、廊下と写すシーンを思い出しました。

ストーリーでも、歴戦の兵隊ランボーが、保安官にいじわるされて大爆発、

町を一つ吹き飛ばす 「ファースト・ブラッド」を思い出します。

 

 調べると、「切腹」は武士だけに許された、自害の方法だそうです。

(当然、武士以外の町民、農民、罪人には使いません)

当然、私は出来ません。

 

  歴史上では、戦国時代に「切腹」を行う事によって、

ちょっと死に方に意味が出てき始め、

江戸時代に系統化され、昭和では思想、象徴化した、とありました。

  昭和では旧日本軍人が玉砕、敗北を悟った時に行い

特攻の創始者「大西瀧治郎」海軍中将は、トドメをさす介錯を無しで行い、

発見された後も延命処置をせず、かなり苦痛の時間を送った後、絶命とあります。

 

 おおまかに、自らの意思による「切腹」と、

「懲罰」として受ける「切腹」の2つに分けられ、

また「忠義」の深度を、部下が表わすために、

主人の後を追う切腹もあった様です。

 

 恐ろしい事ですが、その着る物から、沐浴、食事等、事に至るまでの方法が、

細かく作法として完成されています。

 

 ですが太平の世の中、終いには、自分で腹を切る痛みから逃れる為、作法も簡単になり、介錯人による打ち首のみになったり、服毒による自害まで含まれる様になりました。

 

 徳川幕府の太平の世で、戦う兵隊だった武士は変質していき、

刀もろくに使えない公務員になってしまった様で、

また現在の官僚制度は、260余年続く江戸時代によって完成されていたのではないか?という説もあります。

 

 この映画は「一寸の虫にも5分の魂」という言葉を強く思い出させてくれますが、

仲代氏の排除が終わった後の三国氏のセリフ

「食い詰め浪人の刃に倒れ、又は傷つく様な者は、

当井伊家には、一人としておらぬ」

として、今回の死傷者は全て病死、病気でふせた事にし、隠ぺいします。

 

 更に最後のエピローグを聞くと、大きな組織に飲み込まれていく理不尽、恐怖を感じて終わります。

 

 観ていて面白くない映画は、すぐに消したり、何か作業している時のバックグランドで流しておいたりするのですが 、ダメな映画は、それでも消してしまいます。

本作は、そんな私でも、グイグイ引き込まれていく作品です。

 

 仲代氏が仕えていた福島家と徳川家の関係、

当時最先端と言われた丹波氏の剣術と、合戦で培われた仲代氏の剣術の違いには、

多くの解説があり、日本の歴史、剣法に強い人が観ると、また面白い面が出てくると思います。

 

 また、1962年の本作のメッセージが、今でも通用し、心に引っかかるのは、

日本人である限り、逃れられない「定め」だからなのか、

未来永劫それに甘んじなければならないのか、と貧乏町民である私は憂いてしまいました。

 それでは、また次の更新まで!