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我慢なので。懐古中年、Goes on!

無職を続ける、好き嫌いの激しい中年が、80’sアニメ、音楽、映画等、趣味を懐古しながら、日々の生活を節約し、我慢を続けて行くブログ。

今だから「映画 軍旗はためく下に」です。

 みなさん、こんにちわ。水の心です。今日は「映画 軍旗はためく下に」です。

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1972年公開の東宝映画で、

監督は、「復活の日」「魔界転生」の深作欣二氏。

脚本は、新藤兼人氏、長田紀生氏、深作欣二氏。

原作は、直木賞受賞の結城昌治氏の同名小説。

 

出演は、

分隊長「富樫勝男」軍曹に、丹波哲郎氏。

結婚して半年で出征した夫、勝男を今でも愛慕する、素朴な未亡人サキエに左幸子氏。

 

富樫分隊の寺島上等兵に、三谷昇氏。

堺上等兵に、夏八木勲氏。

小針一等兵に、寺田真(現、麦人)氏。

他にも懐かしい俳優の顔が、多く出て来ます。

 

 「我が国の軍隊は世々天皇の統率し給う所にぞある」

  (日本の軍隊は歴史上代天皇が統率している)

 

で始まるストーリーは、

ニューギニア戦線で死んだ夫が、不名誉な「処刑」だった事に、どうしても納得がいかず、終戦から26年間、厚生省(旧復員庁)に毎年足を運び、不服申し立てをしているサキエ。

 

26年目にして、当時の部下や上官の連絡先を、役人からもらい、せめて死亡状況だけでも知りたいと、会いに行き、聞き出した言葉から、夫の最後を追っていく、というミステリー風なお話です。


サキエが尋ねていく先での、復員兵たちの生活が、26年後のそれぞれの戦後を描いており、しかもそれぞれが忘れたい思い出を秘めています。

 

当然フィクションですが、多くの実証言に裏打ちされただろうストーリーなので、現実味があります。

 

 まず最初に会いに行った、寺島元上等兵。

ゴミ捨て場の中にある不衛生な部落で、ゴミと一緒に養豚で生活していました。

 

「脱走したのは自分です」

世捨て人の自分が、表に出て証言する。

それだけは勘弁してほしい、と語ります。


 次に秋葉元伍長(関武志)は、コメディアンとして舞台に立っていました。

(関氏はコント・ラッキー7というコンビのお笑い芸人で、今回相方のポール牧氏も出演しており、若い二人の懐かしい映像です)

 

富樫分隊のいた師団は、海上輸送の途中「ダンピール海峡の悲劇」と言われる程の、空襲による被害を受け、6912人の半分以上が死亡。

上陸成功は875人のみ。物資、兵器も陸揚げにも失敗。

 

米豪軍と戦う前から負けており、補給が断たれ、どれだけ現場が疲弊していたかを話します。

 

「コレは余った分の人生なんですよ。ホントのヤツは、あっちで済ませてきちまったもんで」

と秋葉。

 

 次に会う、憲兵の越智元軍曹は、復員後、危険な密造酒を飲んで失明。原因は、戦犯容疑から逃げ廻り、そのツラさから逃れるため。

そこで明かされる「人肉」食い。

 

 次の大橋元少尉は、基地問題を抱える地域の高校教師になっていた。

「私に、人を教える資格があるとすれば、それは戦争の悲惨さを、どう伝え得るかという事だったはずですが・・・」

 

画面は白黒写真のモンタージュとなり、60~70年代安保の記録が映し出されます。

1960安保デモ、樺美智子さんの死、浅沼委員長の刺殺、1970年三島の死。

 

「・・・一方ではA級戦犯が一国の総理大臣(岸信介)になっているというのに」

戦後の変化についていけず、無力感にさいなまされている大橋。

 

大橋が語った、元師団参謀の千田少佐の指示による捕虜殺害。

それを隠ぺいする為の、富樫達3名の「戦争終結後の」処刑。

 

その千田少佐は戦犯にならず、帰国。

戦後は東南アジア開発公団の役員に就任。現在は引退して、悠々自適の生活を送っており、サキエはその千田に会います。

 

千田は、政治家のような口ぶりで、軍事法廷や帰国後、何百回も話してきただろう自己弁護を展開します。

 

「戦争終結後」処刑をしたのは、

敗軍の「規律」を保つ為。

国家の「秩序」の為。

戦後の日本の復興も、その流血の「秩序」のおかげだった、と言い張ります。

 

「戦争は日本全体でやったのだから、それとこれとは違いますね。

~人間生きていく為には忘れる事が必要なんです。

過去にこだわっていては何事も出来ない」

 

保身の殺人を肯定し、まるで他人事の様な理屈を聞かされます。

人間ではない歯車の意見です。

 

そんな千田から、処刑されず復員した兵隊の名を知らされ、驚くサキエ。

今まで会ってきた中に、夫の最後を知っていて、隠していた者がいた!

 

そして再度訪問し、遂に真相がわかります。

 

 ・・・銃殺刑になる最後の富樫。丹波氏の迫力の演技。

「い、いいか?

お、俺たちは駆り出される時も一緒なら、殺される時も一緒だぞ!

て、て、て天皇陛下ーツ!・・・・!」

 

何か訴える様な、抗議するような、そんな叫び方でした。

と最後を知る兵隊は話します。

 

 サキエは 、夫の最後を知る事は出来ましたが、大事なものを奪った、国への、天皇への赦し(ゆるし)は生涯出来ない、と静かに誓い終わります。

 

 最後のカット、戦後、収集された遺骨を山に盛り、荼毘に付している写真の上、字幕が出て終わります。

 

 太平洋戦争戦没者

 戦闘員22,000,000人

  非戦闘員900,000人

  総計31,000,000人

 


 映画冒頭の昭和天皇戦没者追悼式の実写映像。

どストレートな表現です。

今回、この映画の事を掘り下げましたが、どうもこの作品は、ワザと人の目に触れない様にしている感じがしました。多くのタブーのせいでしょうか?

また劇中の富樫軍曹と同じく復権されず、失意の中亡くなった将兵の遺族も、多数存在しているかも知れません。

 

左幸子氏の力のある演技で、この映画は熱を持ち、面白くなっているのですが、丹波氏の存在感も忘れられません。

 

丹波哲郎」氏は、中央大学から1943年に始まった学徒出陣で陸軍に入隊。多摩陸軍飛行場に整備士官「軍曹」として配属。

戦闘機への機関砲の取り付け(砲の照準合わせや、プロペラとの同調作業等)に従事。

試作機キ63(戦闘機「鍾馗」のエンジン換装型。途中計画中止)にも関係があった様です。

 

(その多摩陸軍飛行場には、陸軍航空審査部があり、少年航空整備士として「わち さんぺい」氏が勤務していました。

わち氏の著作についてはこちらをどうぞ!「空のよもやま物語 空の男のアラカルト」です。 - チャレンジなので。懐古中年、Gose on!

ホンの短期間ですが、御二方が多摩飛行場で、すれ違った可能性があるかも知れません)


 そして劇中語られている戦地の状況ですが、

人肉食に関しては、当時の日本軍の方針は、食糧補給は現地調達。

兵隊の仕事は、戦闘と、食料の耕作採取が半々。

というひどい状況で、密林には食料となるものが少なく、ジワジワと飢餓になっていったようです。

 

 飢えた陸軍兵が、海軍兵を襲ってくる、という「滝沢聖峰」氏の戦争漫画や、ガダルカナル島では、あまりの空腹から、遺言で、皆に自分を食べてくれ、と言った兵隊の話が伝わっていたり(光人社NF文庫 牛尾節夫著「ガダルカナル兵隊戦記」349ページ)多くの証言が残っている様です。

 

また、登山装備無しの4000m級の険しい山越えで、夏季兵装の兵隊達が凍死、滑落死と、酷い犠牲を出した撤退もあった様です。

 
 映画が撮影された60~70年代当時の世相は、日米間で締結した安保条約(日米同盟と米軍駐留)を巡って日本国内は大揺れ。

国会構内にまでデモ隊が乱入。

 

ビックリしたのは、当時の岸総理が「治安維持出動」を自衛隊に要請していた事です。(要請は当然却下)

自衛隊がカービン銃や小銃を持って、首都の混乱を鎮圧する可能性がありました。

いくら旧ソ連の後押しで、共産主義者が暗躍していたとはいえ、気が狂っている。

もし国民に対する実弾発砲による流血が起きていたら、日本史に残る大失態になっていたと思います。

 

 wikiには、これら反安保デモ隊に対抗する為、当時の反社会勢力に対して、岸総理は協力を要請。(権力側の私兵の行使)

現在に至る、体制側と反社会勢力の親和性は、その当時の関係が残っているせいではないか、と思わず推測してしまいます。

 

現総理の安倍晋三氏の祖父「岸信介」総理も、アイゼンハワー大統領と共に記録写真で出てきます。

 

登場人物は変わったが、仕組みは何も変わってないんじゃないの?

 

未来永劫、敵国条項でがんじがらめ。

安保の交換条件だったろう、かつての高度経済成長は無く、

高税率で低福祉、格差は拡大固定化。

国民生活に一番遠い、憲法9条の改正が進められ、

傀儡政府の政治家、高級官僚、企業資産家は、天下り裏金作りに邁進、

王族の様に振舞い、失政の責任を取りもしない。

 

誰の為の国、日本なのか?

 

44年前の作品ですが、色んな不気味さを感じる、今多くの人に観てもらいたい映画です。

それでは、次の更新まで!